カテゴリー別アーカイブ: 日常の風景
建築女子の旅 起雲閣
この数年、虎視眈々と狙っていた「起雲閣」(熱海)に昨年11月に
出かけてきました。
随分前のことになりますが起雲閣はNHKで白州二郎を題材にした
ドラマで妻となる前の白州正子の実家としてロケ地になりました。
玉姫と呼ばれる部屋のサンルームです。
床のモザイクタイルとステンドグラスが素敵で華族出身の白州正子の
実家の設定に相応しい佇まいです。
こちらは金剛という部屋に併設されたローマ風風呂です。
先程の玉姫から玉渓という部屋までが根津美術館でご存知の
根津嘉一郎が建てた部分です。
こちらは麒麟という和館です。
起雲閣は海運王と呼ばれた内田信也が母親の隠居所として建てた
この和館が始まりでした。
高齢の母のためにこの時代にしては珍しい段差がないバリアフリー
設計になっています。
起雲閣は1919(大正8)年に「熱海の三大別荘」として称賛された
名邸が基です。
1947(昭和22)年に旅館として生まれ変わり、山本有三、志賀直哉、
谷崎潤一郎、太宰治など日本を代表する文豪に愛されました。
旅館としての歴史を閉じた後、現在は熱海市指定有形文化財として
活用されています。
毎年梅の季節に同じ熱海のMOA美術館で尾形光琳の「紅白梅図屏風」
が公開されます。(今年は本日で終了済み)
合わせてお出かけになってはいかがでしょう。
山陰民藝窯元の旅 何を買ってきた2
前回、山陰民藝窯元の旅で購入してきた器をご紹介しましたが、
後送になっていた因州 中井窯の器をご紹介します。
左は染分けの鉢、右の二つは飯茶碗です。
鉢は茶色になりやすい和惣菜も映えるのではと期待して購入
しました。
実はこの因州 中井窯こそ私を山陰民藝窯元の旅に誘ってくれた
きっかけなのです。
正直に言えば以前は民藝にはあまり興味がなかったのですが、
数年前に出かけた民藝の展覧会で中井窯の染め分けの作品を見て
「なんてモダンなんだろう!」と目覚めてしまったのです。
やはり実物、それも窯元を訪ねてみたいと調べてみると、過去に
出かけた旅行でたくさんの窯元を見損なっていることがわかった
のです。
鳥取コナン空港から入り、レンタカーで各窯を巡る行程は240km
を超える移動となりました。
それぞれの窯元は市街地から離れており、レンタカーでの移動が
最も効率的と言えます。
SNSでこの旅をご紹介しましたところ大変好評で、同じ窯元を
旅したいとおっしゃる方が少なくありませんでした。
運転の問題がなければレンタカーをお勧めしたいと思います。
そして窯元でなければ味わえないたくさんの器に出会って下さい。
山陰民藝窯元の旅 何を買ってきた?
断続的に送りしていた「山陰民藝窯元の旅」報告ですが、
では一体何を買ってきたのかをお伝えしたいと思います。
一番上に写っているのが出西窯のお皿です。
そこから時計回りに同じ出西窯の鉢。
縞柄の鉢と四角の取り皿は松江の袖師窯。
左端取り皿3点は湯町窯です。
これに後送された因州 中井窯の品が加わります。
備前焼で購入したのが、
左:出製陶 コーヒーカップ
右:伊勢崎創さん 鉢
帰宅して振り返ってみたら鉢ばかり購入していたことに気が
つきました。
必要だったのは確かなのですが、もう少し大皿を購入すれば
良かったと反省。
とかく現地に行くと舞い上がって迷ってしまうのですが、次回
窯元に出かける際には冷静に購入してきたいと思います。
購入してきた器はいずれも食卓で活躍中。
特に備前焼のコーヒーカップは愛用しています。
次はどこに出かけようか思案中。
山陰民藝窯元の旅+ 備前焼
昨年の山陰民藝窯元の旅ですが、最終日は瀬戸内海側に
抜け、備前焼を訪れました。
備前焼は岡山県備前市を中心に行われている焼き物で、陶器
というよりせっ器という高温で焼かれた焼き締めと言われる
ものです。
古くは平安時代に遡れる備前焼ですが伊部の駅周辺に窯元が
集中しています。
火襷、桟切り、胡麻などの技法がありますが、基本的には
焼き締めの土色の表情が侘び寂びの風合いを醸しています。
私が金繕いの世界に触れたのが備前焼のコーヒーカップ
だったので、格別思い入れのある窯元です。
今回、久しぶりに訪れてみて思ったのは、様々な表情はある
ものの、焼き締めという表情であることは、どの窯でも
変わりはありません。
そこに個性を決定付けるのは器を形作るセンスだということです。
いち早く好みの作家さんを見つけるのが備前焼攻略の決め手だと
思います。
私のおすすめは人間国宝・山本陶秀さんを輩出したギャラリー
山本です。
門構えが立派なので一見入りにくい印象ですが、備前焼初心者
でも購入しやすい価格帯のものもあります。
金の仕上げが映える備前焼。
金繕いしたら格好いいだろうなぁなどという下心なしでも、
お手元に置いて頂きたい窯元です。
山陰民藝窯元の旅 出西窯
新年早々の地震で被害に遭われた山陰地方の方々にお見舞い
申し上げます。
この記事が観光再開の機運の一助になれば幸いです。
山陰地方の窯元巡りの最後は出雲の郊外にある出西窯です。
出西窯は昭和22年、5人の青年が協働して開窯しました。
その後、民藝運動の名だたる師-河井寛次郎、浜田庄司、
柳宗悦、バーナード・リーチらに陶薫を受け、研鑽を重ね
ます。
出西窯の名を広めたのは1989年日本陶芸展で優秀作品賞を
受賞した「縁鉄砂呉須釉組鉢」です。
呉須(ブルー)を基調に縁に鉄砂釉(濃いグレーのマット釉)
を施したものは「出西ブルー」と出西窯の代名詞になりました。
作業場に併設した展示販売場「無自性館」は舞台のような大階段
を中心に探検感覚で器が選べます。
「野の花のように素朴で、健康な美しい器、暮らしの道具として、
喜んで使っていただけるものを作ろう」と励んでおられます。
お料理を映させる「出西ブルー」に魅せられてみませんか。
プロフィール写真 更新しました
長年そのままにしていたHPのプロフィール写真を新しい
ものに変えました。
以前のプロフィール写真は2017年に雑誌に掲載して頂くに当たって
撮影して頂いたもので、リラックスした表情が私らしいととても
評判が良かったのです。
しかし昨年、髪を短くしたことから画像との印象が合わなくなって
しまい、思い切って変更することにしたのです。
ご存知の方も多いと思いますが、3年半着付けを習っており、今では
趣味の一つといってもいい和装で撮影に挑みました。
真面目な表情の画像も撮影しましたが、HP用は笑顔のものを選択
しています。
金繕いの教室を受講して頂くにしろ、金繕いのご依頼をなさるにしろ
緊張する必要がないと思って頂ければ幸いです。
漂白の手順
金繕いを行う前に器の汚れをリセットしておくことをお勧めして
います。
昨年末から器の漂白についてご相談が続きましたので、改めてご説明
したいと思います。
特にお悩みが深かったのは20年以上愛用した器のしつこい汚れです。
どんなに漂白しても汚れが浮き上がってくるというものです。
残念ながらある程度長く使っている器の汚れは、なかなか漂白され
ません。
汚れの位置を変えながら、下から湧き上がってくるような状況と根気
よく闘わざるを得ないのです。
拙著「金繕いの本」にも掲載していますが、器の漂白には意外に
入歯洗浄剤が便利です。
何といっても口の中に入れるものの洗浄剤ですから危険な成分が
含まれていないのが魅力です。
単純に経年の汚れ(召し上がったものの調味料)だけでなく、カビが
問題になる場合もあります。
こちらは煮沸消毒が効果があります。
ただ汚れとは言わず「育てた」というお考えの場合は漂白は強制
しておりません。
ご自分の器ですので、ご自分のお気持ちに従って下さい。
謹賀新年2026
少し遅くなりましたが、あけましておめでとう
ございます。
本年もぼちぼちSNSを更新して参りますので、
お付き合いの程、どうぞ宜しくお願い致します。
今年は色々な意味で余裕を持った生活を送りたいと
考えています。
皆様、年頭の誓いはどのように持たれましたでしょうか?
欠けetc…
港北カルチャーセンターの方の金繕いをご紹介致します。
欠けの修復です。
それぞれ小さな欠けですが、使うにあたっては気になるサイズ
です。
このような生活していると一番起きやすい欠けが直せることが
金繕いの第1歩かと思います。
金繕いを始められると皆様しみじみおっしゃるのが「捨てなければ
良かった」という言葉です。
破損した器を使うと縁起が悪いという方もおられますし、割れた
器は危険なので、すぐ処分されてしまいます。
気に入っていたのに処分しなければならないのは、もう終わりです。
金繕いで大切なものを使い続けていきませんか?
山陰民藝窯元の旅 湯町窯
少し間が開きましたが山陰に旅した民藝の窯元巡りで行き
ました湯町窯について報告したいと思います。
今回巡った窯元の中で最もバーナード・リーチ色の強い
窯元です。
一番の特徴はハチミツ色の飴釉です。
湯町窯を有名にしたのは、この釉薬を使った「エッグベーカー」
で、蓋付きの小さなフライパンのような形が愛らしい目玉焼き器
です。
その他、バーナード・リーチから薫陶を受けたスリップウエア
(泥漿-水と粘土を適度な濃度で混ぜたもの-状の化粧土で文様を
描き装飾する手法)調の器も目を引きます。
釉薬の種類、器の形も豊富で、温かみのある雰囲気がお好みの
方には楽しめる窯元です。
玉造温泉から程近い場所にあるので、旅行日程に加えてみては
いかがでしょう。






















